平成29年の出水法要は
5月10日から9月5日までです

1300年前から現代へ

水堂安福寺の歴史遺産

水堂安福寺には多くの歴史を物語る遺跡があります

平重盛の塔

石垣で囲まれた土壇に立つ全高2.3mの宝塔。円形の塔身の四方に金剛界の梵字(東-阿シュク如来、西-阿弥陀如来、南-宝生如来、
北-不空成就如来)を記し、基壇には「元応元年(1319)7月吉日」の銘があります。安政3年(1856)に描かれた「杵島郡須古郷図」には、この宝塔が「平重盛石碑」と記されています。
この宝塔がいつ頃から「重盛の塔」と呼ばれるようになったのかは不明ですが、同じ安政3年の『水堂霊水略縁起』に記載されているように、「霊水」と関係の深い平重盛(平清盛の長男)に対する敬慕の念や平重盛が水堂安福寺の「中興開基」と伝えられていることと関係が深いといわれています。
町内には他を見ない鎌倉時代の石造物の傑作であり、水堂安福寺の歴史を物語る遺物の一つです。



松尾芭蕉の句碑

「老の名のありとも知らで四十雀」明治16年に須古俳壇によって建てられました。









十六羅漢

1789年建立。
建立時は、本坊安福寺からの参道沿いにありました。しかし近年の車社会にて、車道が出来て参道を歩いてお参りされる方が少なく、昭和38年に現在の場所へ集められました。


合掌観音立像

昭和40年建立。
地元の白石平野の土地改良事業の成就のために白石町によって建てられました。現在では農作物の豊作を祈願し、風雨順時等を祈る観音様として親しまれています。









観音堂前の大銀杏